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Posted by TI-DA at

2011年07月26日

『スピカ ~羽海野チカ初期短編集~ 』によせて。

『3月のライオン』6巻の発売に先立って、『スピカ ~羽海野チカ初期短編集~ 』も発売されました。


『3月のライオン』6巻は出版社側もなるべく全国同時発売を目指したそうですが、こちらは東京周辺は7月20日発売。
よーかいの住む地域では7月21日に書店に並んでいて、アマゾンでは7月22日に届きました。
早く読みたくて、書店に並んでいるのを見たときには、アマゾンはもう放っておいて、もう1冊買ってしまおうかと本気で思いました。(実際、『3月のライオン』ではそうやって複数冊買ってしまったことも…爆)





スピカ ~羽海野チカ初期短編集~』は、2000年から2004年までに描かれた作品群です。ちょうど、『ハチミツとクローバー』の連載が始まった頃の作品です。

収録作は、
『冬のキリン』(2000年)
『スピカ』(2002年)
『ミドリの仔犬』(2000年)
『はなのゆりかご』(2001年)
『夕陽キャンディー』(2000年夏)
『イノセンスを待ちながら』(2004年)

の6作です。

あとがきを含めて103ページと薄い本です。
「薄い本」というと、夏と冬の二回大規模な販売会が行われる、例のインディーズ系の本が思い浮かびますが、そういう本ではありません。
でも、(ごくソフトな)BL系のお話も1篇入っております(笑)。


『初期短編集』って、通常はファンのためのコレクターズアイテムのように思うのですよ。
たいてい、絵柄も作風もまったく変わってしまって、買う方もそれを承知で「まあ…好きな作家の作品だからな」と自分を納得させながら購入するケースが大半だと思うのです。

例外として、漫画家高橋しん先生の初期短編集は、「稚拙な作品で読者をがっかりさせたくない!」という趣旨で、全編同一内容を描き直して発売されましたが、そんなのは稀なケースです。…というか、個人的には高橋しん先生の初期の絵柄は好きだったので、描き直さないで欲しかったです…泣。

えと、話を戻して。
だから、羽海野チカ先生の『スピカ』も、そんなに期待してはいませんでした。

でも、読んでビックリ!
期待以上でした!!Σ( ̄□ ̄;)



羽海野チカ先生は、この作品集を発売するにあたり、どのくらい直しを入れるべきか悩んだそうですが、ツイッターでのフォロワーたちからの意見から、直しは最小限にとどめたそうです。
それなのに、このクオリティ!
驚きました。


もちろん、現在の方がいろんな面で向上しています。
でも、それは些細なことに思えるくらい、絵の荒れも少ないですし、ごく短いページ数なのに胸をうつような作品やほんわかする作品、ちょっぴりせつなくなる作品などなど、素晴らしいのです。

まさに珠玉。
ちょっとビターな童話集みたいな短編集です。


 ※以下ネタばれあります。 )


『冬のキリン』:
オールカラー6ページの超短編。
たった6ページなのに、このせつなさと余韻はなんだろう…。
このテーマは、形を変えて『ハチミツとクローバー』にもでてきます。

なんだか、羽海野チカ先生と、『ハチミツとクローバー』のはぐちゃんが重なります。
きっと、暑い国から連れてこられたのに誰も見るものもいないで、雪の中をたたずんでいるキリンを、羽海野先生は、せめて自分だけでも記憶にしっかり焼きつけておこうと、心の中で何枚も何枚もデッサンを描いたのでしょう。



『スピカ』:
バレリーナを目指す少女と、怪我によってレギュラーを外された野球部の副部長の物語。
タイトル『スピカ』は、スピッツの曲からとったものではないそうです。
羽海野先生自身がおとめ座で、おとめ座の女神が持つ稲穂の先の位置にある星から取ったタイトルなのだそう。
だけど、スピッツの『スピカ』の歌詞がとてもハマります。
プロになれる者はほとんどいないという「現実」の前に、好きなものを続けることへの不安や葛藤が描かれます。
主人公の少女、美園さんのセリフ。

「母に毎日みたいに言われるの
 さっきみたいに
 プロになれる人なんて何千人にひとりなんだって
 もしもダメだったら……
 みんなに笑われるのよって……
 だからその前にやめなさいって」

「なにかを好きになるって
 そんなに
 悪いことなのかなあ
 笑われるほど?」


それに対し、もう一人の主人公、高崎くんは答えます。
練習中にじん帯を切って、レギュラーから外されて、リハビリも時間がかかって、でも野球からはどうしても離れたくなくて。
だから、試合に出る代わりに、練習のメニューやスケジュールの管理など自分ができることを探した。
メンバーが思い切り野球に専念できるように勉強をフォローする役を思いついた。

「そうだな オレは 言ってみれば
 さっきの話で言うところの
 『ダメだった場合の人間』ってヤツになるわけだけど……
 ---どうだ?
 美園はオレを笑うか?」


泣いてもやめられないほど好きなものがあるってのはさ
 きっと
 すごいことなんだぜ



自分自身、何度も教員採用の二次試験で落とされたり、吃音があってうまくしゃべれないことも多く、たくさんのもどかしさを抱えながらも、教員採用試験へ諦めきれずに続けています。
「自分は教師に向いていないんじゃないだろうか?」
それは何百回も考えました。
でも、続けています。
そんな心に、そっと寄り添ってくれるような作品に感じました。

同時に、漫画家になるまでに多くの回り道をして、通常の場合よりもずっと遅くデビューした羽海野先生自身を描いた作品でもあるんだろうなぁ…とも感じました。

きっと、何度も諦めかけて、「もう、やめなよ」と言われたり、「自分には才能なんてないんじゃないだろうか」って不安で泣いたり。
それでも続けて、回り道の間の自分にも、時には「なにやっているんだろう…」と思いながらも、でもそんな回り道で得たものはきっとあるはずだと。
自分自身をどうしても肯定したくて。

2002年、まだハチミツとクローバーはマイナーな漫画でした。
きっと、当時はたくさんの不安を抱えながら描いておられたのだと思います。 


ちなみに、あとがきによると、
「今思うと、ライオンのひなちゃんと、高橋くんはここから来たのかな、と。」
とあります。
『3月のライオン』ファンは、そのあたりも併せて思いを巡らせながら読むと深く味わえると思います。


『ミドリの仔犬』『はなのゆりかご』:
このお話は、それぞれ1話完結ですが、どちらも主人公の少年キオの物語です。
『はなのゆりかご』は、むしろ登場人物のトゲ谷博士という老人が主人公ともいえますが、『ミドリの仔犬』の後日譚的な部分もあります。
『ミドリの仔犬』は少年探偵モノ風、『はなのゆりかご』はアンデルセンの童話にありそうなお話です。
大人も感動できるお話ですが、小さな子どもを膝にのせて、読み聞かせしてあげたくなる良質なお話です。
きっと、男の子は『ミドリの仔犬』にわくわくし、女の子は『はなのゆりかご』のロマンティックな結末にうるうるしちゃうでしょう。



『夕陽キャンディー』:
高校の教師と、その教師にほのかな思いをよせる高校生の物語。
ソフトなBL風ですが、年上の同性に「かなわない自分の理想像」みたいなものを見て、あこがれるような気持ちといえば、それに近いものは多かれ少なかれ誰にでもある気持ちだともいえます。
主人公の高校生の名前が「野宮」というところに、『ハチミツとクローバー』ファンはあらぬ妄想を抱いてしまうかもですけど(笑)。



『イノセンスを待ちながら』:
この作品だけ2004年です。
押井守監督の『イノセンス』という作品上映前に、過去の『パトレイバー劇場版』や『攻殻機動隊』などの押井守監督作品への思いを綴った作品です。
ここに描いてある「背景」というものが作品に持つ意味、「孤独な魂が巡りつく先」という言葉は、その後の『ハチミツとクローバー』や『3月のライオン』に、形を変えて咀嚼され、昇華(消化ではなく)されながら繰り返し描かれていく原点のように見えました。



こうして見てみると、本当にこの『スピカ ~羽海野チカ初期短編集~』は、今の作品に至る要素がたくさん散りばめられているように思えます。

根っこの部分は当時から変わらないんだなぁ……と。


思い出してみれば、よーかいが羽海野チカ先生の作品に出会ったのは、まだ『ハチミツとクローバー』が無名の、2巻が出た頃でした。

当時、自分自身医師から「もう、普通の生活を送るのは無理だとあきらめてください」と言われた難病をわずらい(現在は、奇跡的な回復で医師も驚いています)、何度も入退院を繰り返していました。
実家は借家でしたが、立ち退きを迫られ、でも引っ越すお金もないほど貧乏。
母は長い長い闘病生活で、起きていられる時間も短くなっていました。
追い打ちをかけるように、妹が脳腫瘍で入院。
かなり危険な部位で、いつ不慮の事態になってもおかしくない、手術が成功しても後遺症が残るかもしれないという時期でした。

そんな中、妹の入院している病院に見舞いに行き、重苦しい気持ちを振り払うように帰りに病院の最寄り駅の駅ビルの本屋に立ち入り、偶然手に取ったのが『ハチミツとクローバー』だったのです。
おそらく、店員さんが気に入っていたのでしょう。
ちょうど、1巻の途中まで立ち読みできるように展示されていました。
主人公の竹本くんにとても感情移入し、即1、2巻同時に購入して帰りの電車で読んだことを思い出します。

よーかいにとっては、そんな時期の作品群です。
(ああ、あの頃はきつかったなぁ。よく生き残れたものです。)
だから、なんとなく一方的に、羽海野先生のことは、苦しい時期をともに乗り越えてきた「戦友」みたいに感じています。



最後に、スピッツの『スピカ』の歌詞(1番の部分)を。

この坂道もそろそろピークで

 バカらしい嘘も消え去りそうです

 やがて来る 大好きな季節を思い描いてたら

 ちょうどいい頃に素敵なコードで

 物凄い高さに届きそうです

 言葉より 触れ合い求めて 突き進む君へ


 粉のように飛び出す せつないときめきです

 今だけは逃げないで 君を見つめてよう

 やたらマジメな夜 なぜだか泣きそうになる

 幸せは途切れながらも 続くのです



やっぱり、この曲、この短編集にとても合いますね。


やたらマジメな夜 なぜだか泣きそうになる
幸せは途切れながらも 続くのです 続くのです






※なお、この『スピカ ~羽海野チカ初期短編集~ 』の印税は、全額、東日本大震災への義援金として寄付されるそうです。  


Posted by よーかい at 02:19Comments(4)

2011年07月25日

『3月のライオン』6巻によせて。

7月22日に、羽海野チカ先生の『3月のライオン』6巻が発売しました!


このブログの以前からの読者ならご存知だと思いますが、よーかいはこの作品の大ファンなわけです。
それだけでなく、昨年の夏には羽海野チカ先生の前作『ハチミツとクローバー』の登場人物、竹本君に感化されて、北海道を自転車でほぼ縦断してきたというほどの入れ込み具合なのです。

はい、冷静に見たら引きますね。 (自分でもよくわかってますってば)

でも、良くも悪くも作品に思い入れがありすぎてしまっているのはもうどうしようもない事実なのです。
というより、ここまで思い入れを持たせてくれる、羽海野チカ先生の作品の凄さに脱帽というしかないでしょう。

以前、(出典は失念しましたが)「良い小説の条件」というものを見たことがあります。
それには、「その物語を読んだ人それぞれが、“ああ、これは自分自身の物語だ”」とどこかで感じることが必要なのだそうです。
それぞれが、「この作品をここまで“実感を伴って”理解できるのは自分しかいない!」と感じられる箇所があること、それが「良い小説の条件」なんだそうです。


そう、この作品そのものはフィクションでも、感情を揺さぶられる箇所は少しもフィクションではないのです。

だからこそ、「漫画大賞2011」(小説の「本屋大賞」に相当)と、「講談社漫画賞(一般部門)」(小説の「直木賞」に相当)という二大タイトルを同時受賞という快挙をこの『3月のライオン』が達成しえたのだと思います。





前置きはここまで。
( ※以下、ネタばれありです。 )

5巻では、表紙のオビには『誓いの第5巻』とありました。
それは、5巻ラストの主人公零くんの言葉

『ありがとう 君は ぼくの恩人だ
 約束する 僕がついてる
 一生かかってでも 僕は 君に 恩を返すよ』


という言葉に端的に表わされていました。

そして今回の6巻のオビ。
戦いの第6巻
となっています。


この巻では、それぞれの戦いが描かれています。

話の軸は二つ。
主人公の零くんやライバルの二海堂くんが挑む新人王戦のトーナメントと、ひなちゃんへのいじめ問題の二軸です。

主人公自身の戦いや成長はもちろんのこと、クラスの陰湿ないじめを小さなその一身に受けながらも、毅然と戦うひなちゃん。
家族のことすべてをまだ若いうちにすべて背負っていきている3姉妹の長女あかりさん。
難病を抱えながらも、主人公の零くんを「心友(と書いて「ライバル」と読む)と認め、真っ直ぐに将棋を指し、生きていこうとする二海堂くん(表紙の人物です)。
ほかにも、それぞれの登場人物がそれぞれの場所で、必死に「戦う」姿がとても丁寧に描かれています。

ここまで、1つの巻に内容のつまった作品はそうないと思います。
読んでいて、こちらも呼吸を忘れます。
かねてから、作者の羽海野チカ先生は、自分自身の全身全霊をすべて作品に賭けているように見えましたが、本当に命を削りながら描いているように感じます。
きっと、この話を構想するとき、ネームにおこすとき、限られたページ数で、いかにこれだけの(特に「いじめ」という重い内容を含む)テーマをエンターテイメント性を失わずに伝えるか、想像を絶する産みの苦しみがあったはずです。
それもまた、「戦い」の一つです。




作中では他の人たちもそれぞれ戦っています。
冒頭部、前巻を受けて、いじめられた友達を助けようとして逆にいじめの標的になってしまったひなちゃんに、彼女のおじいちゃんは言います。

「すげえ勇気だ!!
 大人にだってめったに出来ることじゃねぇ!!
 お前はすごい!!
 俺の自慢の孫だ!!
 お前は何ひとつ間違っちゃいねえ!!
 友達を助けたんだ!!
 胸をはれ!!」


この場面、すでに亡くなったひなちゃんの母と祖母の位牌がおじいちゃんの後ろの背景に書き込まれています。
おじいちゃん、おばあちゃん、お母さんの3人が、自分自身は直接はなにもしてやれないもどかしさを感じつつも、一緒に「戦っている」ように見えます。
実際、その後、おじいさん自身が、いじめられている孫のことを案じながらも、
「ひなはもう充分苦しんでいる 
 それなのに 俺達がこの上 
 『どうしてそんなことしたんだ』なんて言っちまったら
 ひなは本当に行き場を失ってしまうだろ?」
と葛藤する胸のうちをあかりさんに語っている回想シーンがでてきます。


零くんから相談を受けた林田先生も、一見コミカルに描かれていますが、相談に対してインターネットを開いて見せながら、苦しそうな表情で
「桐山これを見てみろ……
 『いじめ』で検索すると8千9百10万件…
 『いじめ 解決策』で検索して2百20万件…
 ---で、そのどこにも
 100%の解決方法はのっていないんだ……」

と語ります。

「立場も性格も関係してくる人間の配置も違う
 だから どのケースにも効く『完璧な答え』なんてどうやったって出てこない
 --だからって、あきらめる訳にはいかねんだ!!
 『答えが見つかんないから何もしませんでした』じゃ
 話は進まねぇ」


そのいつになく険しい表情は、林田先生も長いこと生徒のいじめ問題と正面から向き合い、「戦って」きたことを如実に示しています。




よーかい自身、子どもの頃は、いじめに遭った経験は嫌というほどあります。
戦って、戦って、戦って、生き延びたから負けはしませんでしたが、全部を自分自身でなんとかしようとして抱え込んでいたのは、今にして思えば「いじめられていることを認めたくない」という小さなプライドと、相談する仕方がわからないという、人間関係スキルの未熟さでした。

でも、経験のあることだからこそ、そのつらさ、きつさは痛いほどわかります。
自分自身の教職への隠れた志望動機も、そういった子どもたちの気持ちが、ほかの人よりもわかるような気がするからという部分も確実に存在しています。
もしかしたら、救いたいのは子どもの頃の自分自身なのかもしれないなとも思ったりもします。


ひなちゃんも、泣いたり、胃が痛んで寝込んだり、修学旅行の自由行動でもひとりぼっちで川を眺めていたりします。
けれど、つねに毅然としています。

主人公零くんのモノローグにはこうあります。

『気づいたことが
 ひとつ ある
 僕は 思ってたんだ
 辛すぎるのなら そこから立ち去っていい
 まともじゃない事を してくるヤツらには
 まともに 立ち向かう事はしなくていい
 でも
 ---そうだ 彼女は
 ただ 辛がっているんじゃない
 怒っているのだ
 それも
 腹の底から 煮えくり返る程に』



ぞくり、と鳥肌が立ちました。
連載開始当初は、まだ子どもっぽい部分が多く目についたひなちゃん。
それは、「ただ可愛らしいだけの少女」でした。
でも、いまは違います。
一人の凛とした美しい女性へと変貌しつつある彼女がいます





そんなひなちゃんの変化に対応するように、主人公の零くんも変化していきます。
どこまでいっても「自分」しかなかったのが、他者に目を向け始めたのが5巻。
これまでは、めんどうなことは黙って過ぎ去るのを待つだけだったのが、
6巻では思わずあかりさんに

「(頼ってもいい人間は)僕もいますっっっ」

と我を忘れて往来の真中で大声を発するまでになったのです。


他者とのつながりの中で生きている自分。
それは、それまでどちらかというと「うっとおしい」存在であったライバル二階堂くんの言葉を対局中に思い出して冷静さを取り戻したりする描写にも表れています。
「少年」は、少しずつ、だけど確実に「一人の男」に成長しつつあります。


そして、6巻の表紙の二海堂くん。
これまでも、彼の背負っている病気の重さは断片的に窺えましたが、対局後に倒れて即入院という状況によって、はっきりと明らかになりました。

一生つき合っていかねばならない難病。
厳しい食事制限。




実は二海堂くんにはモデルがいます。

村山聖という棋士です。
もう故人なので、棋士「でした」と書くのが正しいのかもしれません。
羽生永世名人の最大のライバルといわれるほどの才能がありながら、幼い頃より抱えた難病「ネフローゼ」により、長時間の対局では力尽きてしまうこともありました。
A級八段まで登りますが、20代で癌により亡くなります。

癌のことは最期まで周囲に隠し、その年の将棋年鑑の目標にも「生きる」と書いていたそうです。


実は、よーかいは子どもの頃、けっこう本格的に将棋を指していました。
後にプロになった棋士と対局したことも何度かあります。

その頃に活躍していたのが村山棋士でした。
その印象的な風貌と同時に、体調不良による不戦敗が多いにもかかわらずめちゃくちゃ強かったその姿は、当時将棋を指す子どもたちにとっての「ヒーロー」の一人でした。


話を戻します。
新人王戦準決勝の後、零くんに渡された棋譜は2枚ありました。

『棋譜は2枚あった…
 持ち時間をフルに使った最初の一局
 劣勢だった将棋を粘りに粘って
 優勢に転じたその直後
 先手(相手)による 先日手
 ---その果ての 指し直し……
 そこからの一分将棋による 魂を絞り出すような138手……

 (中略)

 ---僕は 二海堂の棋譜を 思い出していた
 「迷い」「ためらい」「ひるみながら」も
 それでも「自分の今まで」を信じて
 「憧れの地」目指して
 火の玉みたいに突き進む…
 まるで 一篇の
 冒険小説のようだった』



冒険小説」。
この言葉が、この6巻のすべてを表わしていると思います。

先の見えない不安や恐れと戦いながらも、それでも真っ直ぐに突き進む。
きっと、「戦う」人すべてが「冒険小説」の主人公なのでしょう。
強く、そう思いました。 



どうか、この「冒険小説」の彼ら彼女らが幸せでありますように。
同時に、自分は自分の「冒険小説」を、最期まで精いっぱい紡いでいかなければ。


そんな風に“自分の物語”として強く強く願わずにはいられないのです。  


Posted by よーかい at 02:00Comments(3)

2011年07月24日

沖縄県平成24年度教員採用1次試験総括。

去る7月17日(日)、沖縄県の教員採用一次試験を受けてきました。


昨年は諸事情あって受けられませんでした。
諸事情とは?
ええ、いまだに素で学生に間違われるよーかいですが、実際には年齢制限とか年齢制限とか年齢制限とかの実年齢のしばりがあったのです。


これまでの沖縄県は、なにせ全国でもっとも年齢制限が低い県でした。
その制限に引っ掛かってしまった以上、ほかに手段は、他県の教員になって再チャレンジするしかありませんでした。(他県の現役教員はこれまで通常より5年分年齢制限が伸びたのです。)

とはいえ、本命でないところを受験するのはモチベーションが落ちたのは事実。
それなりに勉強していても、ワールドカップは全試合観てしまったり、受験生にあるまじき行為をくりかえしてしまいました。

ところが、2月に突如降ってわいた、受験年齢制限10歳引き上げのニュース。
受験者も当然増えるでしょうが、これはモチベーションが上がります!

だから今年は昨年とは違います!
なでしこJAPANの試合以外は深夜早朝にサッカーを観ていません!!d(o ̄ー ̄o) (どや顔でいうことでしょうか?)

……もちろん、予選リーグから全試合観ましたがなにか?(爆)





そんなこんなで、自分なりに必死に対策を立ててやってきました。
とはいえ、間にブランクがあると、1からやり直しの部分もたくさんありますし、新しい答申やら覚えなきゃいけないことがたくさんありますから、楽ではありません。
仕事も今年は忙しく、ブログのほうはしばらく封印させてもらった次第であります。



そんな前置きはともかく、試験内容について。

沖縄県では、集合時間は朝8時30分。
8時から会場に入ることができます。
会場は複数あるようですが、よーかいは那覇高校でした。

教室にはクーラーが効いているため、他の自治体のように、「今はクールビズだから、受験者の皆さんもネクタイはずしてくださってもいいですよ」などと甘いことは言われません。
また、受験生もみんなちゃんとしたスーツ姿で、他の自治体のように、短パンにサンダル、アロハシャツという受験生もおりません。(少なくとも、横浜市の受験会場にはそんな受験生もいましたです。)


試験はまず9時から10時半までの1時間半で、一般教養&教職教養です。
内訳は、一般教養が30問、教職教養が60問(すべてマークシート方式)の計90問です。

休憩が少し入り、次の試験説明があった後、11時から専門教養Ⅰ(算数・外国語活動・社会・生活科・総合的な学習の時間・図工、家庭)が1時間。
10分の休憩(=答案用紙の回収時間)を挟んで、12時10分から13時10分まで専門教養Ⅱ(国語・理科・音楽・体育)になります。

専門教養はⅠとⅡ合わせて2時間で155問(マークシート方式)になります。

かなり問題数が他府県と比べて多く、時間に追われるのが沖縄県の特徴です。
とはいえ、昨年までこのマークシート以外に算数(実際は高校受験レベルの数学)の筆記問題が11~12題あったので、問題数は減っているともいえます。
また、3年前までは専門教養の後に昼食休憩をはさんで図工のデッサンがありましたが、それは2次試験になっています。

多少は、問題数が減っているわけなのです。これでも。


とはいえ、一般教養は高校レベルの問題なので、「そんなのもう覚えていない」という問題がでてきます。
たとえば、

『ウラン235Uの原子核は【   】を吸収すると、大量のエネルギーとともに各種の放射線と【   】を出して分裂する。
 1.原子 2.陽子 3.電子 4.中性子 5.分子』


タイムリーな話題とはいえ、一般文系出身者には荷が重いです。
「陽子」が「ようこ」に見えた時点から、頭の中では選択肢の5つとも「○○子」という擬人化がはじまったのはよーかいだけでしょうか?(変態)

中性子って、ボーイッシュな感じでなんだかいいですよね。
つか、この問題の正解は「4.中性子」なんですけど。


それから、これまで『沖縄問題』は5問あったのが3問に減りました。
1.琉球王国のグスク及び関連遺産群の資産の名称と説明文の組み合わせで誤っているものは?(正答:玉稜)
2.1879年、廃藩置県が断行されて沖縄県が設置された際、明治政府から初代県令として任命された人物は?(正答:鍋島直彬)
3.1945年、米軍が沖縄県の慶良間諸島に上陸した日は?(正答:3月26日)
の3問です。

ちゃんと琉球・沖縄史を勉強していれば解ける問題でした。

これまでのように、生粋のうちなーんちゅの皆様の誰もが「こんなの知らない!!!」と試験後に発狂しそうになるような問題がなくなったのは、喜ぶべきかさみしいと思うべきでしょうか??


教職教養は、教育基本法、学校教育法、各種別の学校の学習指導要領総則、文部科学省の答申、沖縄県の教育施策などからの出題でした。


まあ、こちらは時間的にも1問1分のペースでやっていけばいいので時間が足りなくなることはありません。
知っているかどうか」だけの問題です。


問題なのは専門教養の方です。
以前は国語・算数・理科・社会・音楽・美術・家庭・体育の8教科だったのに、今では加えて生活科・総合的な学習の時間・外国語活動の3つが増え、11教科です。

しかも、1問につき、問題文を読み考えマークシートを塗りつぶす時間が正味40秒ほどですから時間との戦いになってきます。


沖縄県の場合、他県以上に学習指導要領重視の傾向があります。
おまけも含めて小学校学習指導要領は237ページにわたる内容ですが、それらの正確な文言を(そらで言えなくても選択肢ですぐ分かる程度には)覚えておくのは最低限の必須事項になります。

それだけならいいのです。
沖縄県が鬼なのは、学習指導要領解説からもバシバシ出題するところです(泣)。
学習指導要領解説とは、その名の通り、学習指導要領の解説書です(ヲイ)。
ただ、この解説書、各教科ごと存在するのです。
たとえば、国語だったら、国語1教科で151ページの冊子が存在します。
算数になると、付録を抜きにしても189ページです。
もちろん、外国語活動や総合的な学習の時間なども1冊として存在するのです。
11教科になると、計2000ページ近くなるんじゃないかしらん?( ̄ω ̄;)


もう、いったいどうしろと!?(ノTwT)ノ ┫:・'.::・┻┻:・'.::・(ちゃぶ台返し)


解いていて、「わからない」ではなく「知らない」「見たこともない」という問題が出てくるわけなのです。

例えるなら、ガンダムの話をしていて、テレビ版や映画版はいいとしましょう。
でも、小説版の内容を熱く語られても、それなりのガンダム好きでもドン引いちゃうわけですよ。
小説版の、「アムロとセイラさんの不適切な関係」だとか、「ブライト艦長の息子のハサウェイの戦死」とか言われてもわかるひとっていらっしゃいますか?(マニアック)
さらに、同人誌のネタを出してきて、「わかるだろ、心友よ?」とキラキラした目で言われても、針のむしろなわけなのですよ。


ギレン将軍の演説も、テレビ版の
「諸君らの愛してくれたガルマ・ザビは死んだ!何故だ!!」
はわかっても、それをゲーム版の『ギレンの野望』バージョンを含めて全文覚えていたらオタクです。
さらに、
「諸君らの愛してくれたガルマ・ザビは死んだ!何故だ!!」「坊やだからさ」
と返すのが常識だという人はもはや変態の域でしょう。

いわば、そのレベルが求められるのが、沖縄県の専門教養155問なわけなのです!ヾ(。`Д´。)ノ



とりあえず、全力は尽くしましたよ?
でも、できたかどうかは別問題なのです。


自信?
そんなものはありません。

でも、もう二次試験の飛行機は取ってしまったし、職場に休暇願も出してあるのです。
一次が受かっているものとして準備しなければ間に合いません。



あとは「なんくるないさー」(「真(まくとぅ)そーけーなんくるないさ=人事を尽くして天命を待つ」が本来の意味)です。

ララァ、私を導いてくれ……… (ガンダムを知らない人にはなんのことやら)。  


Posted by よーかい at 01:38Comments(19)

2011年07月23日

カミングスーン。

かみんちゅ(神人)のスーンじゃなくて、Comming soon.です。(ヲイ)


仕事と一次試験への勉強の両立とを考えて、これまで2か月以上も更新できなくてごめんなさいでした。
それにもかかわらず、毎日本当にたくさんのアクセス、なんだか申し訳ないような、そしてどうもありがとうございます。


沖縄の一次試験のレビューは、本当は試験後帰宅してからなるべくすぐに書きたかったのですが、実は2週間以上前にパソコンが突如壊れてしまい、ツイッターもネットもアイフォンからという日々でした。

ようやく、新しいパソコンも購入しました。
昨晩、インターネットにも接続できました。


なので、そろそろ新しい記事を書きたいと思っています。
もちろん、2次試験に向けてそんなに時間的余裕があるわけでもありませんし、たぶん途切れ途切れにはなるとは思います。
でも、「HUNTER×HUNTER」の連載よりは多いペースで記事の更新をしたいと思いますので、改めてよろしくお願いいたしますです。


なお、再びブログを書く一番の後押しになったのは、沖縄の一次試験のレビューを書こうという以上に、羽海野チカ先生の『3月のライオン』の6巻に励まされたためというのは公然のヒミツなのです(笑)。  

Posted by よーかい at 13:35Comments(2)