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2010年06月04日

北限のジュゴンを食べる会。

この記事は、実在する人物・団体等とは一切関係ありません……念のため(; ̄∀ ̄A


ジュゴンの棲息地の北限は、いま政治的に話題の沖縄県辺野古(大浦湾)海域です。
ジュゴンはすでに国の天然記念物ですが、沖縄周辺全体を見ても、生息数はわずか十数頭とされ、絶滅が非常に心配されています。


たしかに、絶滅寸前のジュゴンを守ることは意義のあることでしょう。
また、米軍基地の建設はジュゴンの棲息に致命的なダメージを与えることでしょう。

北限のジュゴンを食べる会。

だけど、どうも『ジュゴンを守れ!=辺野古に米軍基地をつくるな』という論理には違和感を禁じえないのです…( ̄ω ̄;)


や、もちろん個人的には辺野古に米軍基地を作ることにはまったく同意できません。
ジュゴンを保護することの必要性にも同意します。

それでも、なお残る違和感。


この“違和感”がなんだろう?と考えたとき、いくつかの論理矛盾が浮かび上がりました。

例えば。

1.ジュゴンを守ること=辺野古近辺の住民の生活を守ることにつながるのか?

いくらジュゴンを守れても、住民の生活が破綻してしまっては意味がないと考えます。
「人間のエゴ」と言われようと、ジュゴンの命より人命の方が大切です。

もっとも、じゃあ米軍基地を作ることが辺野古住民を救うのか?と問われれば、そうともいえないのではないかとも思うのですが。


2.米軍基地ができなければ、ジュゴンは絶滅しないのか?

おそらく、このままでは、辺野古に基地をつくらなくても沖縄からジュゴンが消えるのは時間の問題だと考えます。
保護については、餌場の環境の保護(それは、沖縄だけでなく周辺海域すべてを含む環境に関わります。)を含め、大きな視座が必要になるでしょう。


3.ジュゴンが棲息できれば、米軍基地は作られてもいいのか?

例えば、辺野古は絶滅寸前のジュゴンがいるから基地は作るな!という論理だと、じゃあジュゴンの生態に影響のないところならいいのか?という話になります。
この点については、一切の抑止力とは関係のない、先制攻撃のみを意図した海兵隊が必要なのか、そもそも核を含む強大すぎる軍事力を有した米軍基地が日本やアジアに本当に必要なのか?といった根本から考える必要があるでしょう。




……こうして考えてみると、
実は、ジュゴンって別に米軍基地とそんなに関係ないじゃん?( ̄ω ̄;)
って話になりませんか?

もちろん、闘争のわかりやすいシンボルマークとして、ジュゴンを使う「戦略」の有効性まで否定するものではありませんが。
そして、ジュゴン以外の生物がなぜ遡上に上がらないのか、という選択的な救済論に関するエゴもここではとりあえず脇においておくとしても。




まあ、戯れ言はおいておいても、要はジュゴンを絶滅させず、辺野古住民の生活基盤を確保し、軍縮につなげようよというのが理想でしょう。
この「理想」自体については、異論を唱えるひとは少ないはずです。


ところで、人間って「なんでも食べる動物」なんですよね。
クジラも牛も犬もアザラシも、文化の違いこそあれ、食べます。
辺見庸氏の『もの食う人びと』なんかで描写される、極限状態での「食」に関する壮絶な実話などを読むと、食べることこそ人間のすべての活動の根本なんじゃないかとさえ思います。

北限のジュゴンを食べる会。

そう考えていくと、
じゃあ、食べましょうよ。
ジュゴンを。




……なんだ、その飛躍は?!と思った方もいらっしゃることでしょう。
でも、まずは食べてみてから考えてみませんか?


ジュゴンは、とても美味しいらしいのです。
琉球王朝時代は、王朝への献上品として新城島から毎年ジュゴンを干し肉にして献上していました。

新城島では、ジュゴンを祀った御嶽まであるくらいの食文化です。

「人魚の肉を食べると不老不死を得られる」
という、各地の伝説から近年は高橋留美子まで語られているテーマと同じく、琉球王朝でも“不老不死の薬”としての側面もあったと言われています。
しかし、実際、ジュゴンの肉を食べる文化は各地にあって、とても美味しいらしいのです。
一説によると、豚のヒレ肉をもっと美味しくしたような味だとか。
琉球王朝では保存法の問題もあり、干し肉での運搬でしたが、新鮮なものならもっとずっと美味しいことでしょう。

ちなみに、八重山地方では戦後の食糧難の時代にダイナマイトでジュゴンを捕獲する猟が横行し、現在では絶滅してしまったと言われています。



ともかく、食べるために必要なことはなんでしょうか?

腕のいい料理人?
美味しく食べるためのレシピ?

いえいえ、もっと重要なことがあります。
それは、食材の安定供給です。


つまり、食べるためには現在の生息数では圧倒的に少ないのです。


よーかいは、ぜひジュゴンの肉料理を食べてみたいです。
それはもう、グルメハンターのような情熱で!o( ̄へ ̄*)(トリコ?)


きっと、食べてみたいと思う人はたくさんいるはずなのです。
ジュゴンが辺野古名物になったときを想像してみてください。
ジュゴンを食べるために、日本、いや世界各地から辺野古に人が訪れます。

辺野古名物、ジュゴン料理。

もちろん、便乗して、ジュゴン饅頭(ただの粒あん入り)やらジュゴン最中(以下同文)やら、ジュゴンクッキーにジュゴンゴーフレットなんかも販売してみてもいいでしょう。

午前中には、ジュゴンの見える丘でジュゴンを観察し、お昼に地元のジュゴン料理店で舌鼓を打つというツアーは大盛況です。


おそらく、鯨料理くらいのレパートリーはできることでしょう。
お刺身に、ステーキに、大和煮に、カルパッチョに、串焼きに、トンカツ……etc,etc。
辺野古限定ジュゴン丼にジュゴンバーガーなんていうのもいいでしょう。
沖縄ですから、三枚肉の変わりにジュゴンの煮付けを入れた、ジュゴンそばなんていうのもアリです♪d( ̄ー ̄*)にぃ



ともかく、そのくらい生息数を増やす方が、巨費の国民の税金を投入して、不毛な殺戮の道具である米軍基地を作るよりも、ずっとずっとみんながハッピーになれること請け合いです。
そして、辺野古だけでなく周辺海域の環境について、もっと多くの人が敏感になることでしょう。

そう、よーかいには、
『ジュゴンを守る?
 当然だろ?
 そりゃ、食べたいもの!』

という方がすごく自然に見えるのです。


そんなわけで、
あなたも『北限のジュゴンを食べる会』に入会しませんか?d( ̄∀ ̄*)イヒッ


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そういえば。
そういえば。(2011-09-04 03:00)


Posted by よーかい at 03:21│Comments(7)一日の雑感。
この記事へのコメント
ちわ~、よーかいさん元気~?
イルカは鯨よりちなまぐさく、赤身が多いと聞きます。
ジュゴンはイルカの一味ですから味はどうなんでしょ?
鉄っぽい味の血のしたたる肉なんでしょうか?
オージービーフ同様、赤身ばかりの肉は好きでないのですが…。
パチンコ業界では数字を表すのにジュゴンが7、
海亀が3、イセエビが5という図柄から、
今日はジュゴンの日(7の日)とか表現するとからしいです。
ラッキー絵柄7のジュゴンを食うとバチが当たりそうなんで、
オイラはイセエビで我慢しますよ(笑)。
子供の頃、伊豆の熱川温泉を舞台にしてたTV番組「細腕繁盛記」で、
主人公のカヨさんが焼き魚を食べていると、
小姑の雅子がイセエビを食べながら「キャヨ、オミャー焼魚なんてぜいたくだで、オラなんか今日もエビばかりずら」といいながらイセエビを食ってたのを覚えています。昭和20年代の伊豆ではイセエビはいくらでも取れるのでタダ同然という筋書きだったのが印象に残っておるのを吐露しておきます。
何が言いたいのかといえば、別にぃ(某エリカ調)、
たまには顔出したかっただけで…(笑)。

ほにゃ!
Posted by weed at 2010年06月05日 10:30
>weedさん

こんばんは。
コメントどうもありがとうございます。

weedさんのブログはちゃんと読んでいますよ~。
オシムさんのサッカーに関する戦術解説はとてもわかりやすく、非常に興味深く読ませてもらいました。
他にも、ダイヤゴナルの動きの意味はこういうことにあったのか!と目からウロコです。

あ、実は「リレイ」はちょっと気になっていました。
でも、本場ではそう発音するのかな?と思ってスルーしていました。
「本場」って、大阪のことですけど(笑)。


>イルカは鯨よりちなまぐさく、赤身が多いと聞きます。

実は、イルカとクジラの生物学上の分類は非常にあいまいで、成体の体長が3m未満はイルカ、3mを超えるとクジラになるのです。
これ、ウソみたいな本当の話。
http://www.tokyodc.info/dolphin/dol2.htm

だから、味に関しては、クジラかイルカかの区別ではなく、その種類が美味しいものかどうかが勝負なのではないでしょうか?
ジュゴンに関しては、食べた人のレポートを読むと、非常に美味しい部類に入るらしいです。
実際、東洋でも西洋でも、ジュゴンの肉は人魚の肉同様、不老不死の薬だと信じられていたくらいですから。


>パチンコ業界では数字を表すのにジュゴンが7

はにゃ?
その分類の由来はどのようなものでしょうか??

パチンコはやらないので、わかりません……すみませんσ(^_^;)アセ


>小姑の雅子がイセエビを食べながら「キャヨ、オミャー焼魚なんてぜいたくだで、オラなんか今日もエビばかりずら」といいながらイセエビを食ってたのを覚えています。

これって、小姑による嫁イジメじゃなくて??!∑( ̄□ ̄;)ハウッ

たしかに、一昔前はわりとあちこちで伊勢エビが捕れたらしいですね。
よーかいが小学生の頃にも、近所の釣具屋のおじさんが、
「江ノ島の磯で夜に投げ釣り用のカニアミを投げておいてごらん。
 朝には伊勢エビがかかっているから」
と話していたことが記憶に残っています。

今でもまだ獲れるのかなぁ。。


>たまには顔出したかっただけで…(笑)。

どうもありがとうございます(*´▽`*)
嬉しいです。

お仕事のこととか、いろいろ大変なご様子ですが、どうかお身体には気を付けて元気でいてくださいね☆
Posted by よーかい at 2010年06月06日 00:55
この記事が、地味に、でも継続的にけっこう多くの方々に読まれていることがとても嬉しいです♪
読んでくださった方々、どうもありがとうございます(*´▽`*)
Posted by よーかい at 2010年09月04日 23:57
はじめまして!^^/ 比嘉龍陀と申します。
お書きになっていること、
======================
『ジュゴンを守れ!=辺野古に米軍基地をつくるな』という論理
======================
との前提が正しければ、強烈(効果的)なキャッチフレーズと良いアイデアであろうと想います。
しかし、前提は、正しいですか?
どこの誰が『イコール』で結びつけた論理をもとに行動しているでしょうか?
「ジュゴンを守れ」の「ジュゴン」とは、『象徴』ではありませんか?
「ジュゴンのような希少種さえも住んでいる多様性ある豊かで貴重な海」の象徴でしょう。
米軍新基地建設反対の要因は多くありますが、
その要因の『一つ』として、
「貴重で豊かな海さえも破壊して建設される米軍基地建設は大間違いであること」を、判りやすく端的に表現したのが「ジュゴン」でしょう。
未来の先生、いかがですか?
Posted by 比嘉龍陀 at 2010年10月06日 23:01
> 比嘉龍陀 さん


はじめまして。
コメントどうもありがとうございます。


>ジュゴンを守れ」の「ジュゴン」とは、『象徴』ではありませんか?

ええ。
それはわかっています。
ですから、この記事の中でも、

『もちろん、闘争のわかりやすいシンボルマークとして、ジュゴンを使う「戦略」の有効性まで否定するものではありませんが。』

という文章を入れてあるのです。


わかったうえで、それでも払拭できない違和感があるのですね。


>「貴重で豊かな海さえも破壊して建設される米軍基地建設は大間違いであること」

これはまったく同感です。
これ以外の記事でも、私は何度も沖縄の基地の理不尽さをブログで記事にしています。

しかし、ジュゴンをあまりに前面に出し過ぎると、この記事で書いたように論理矛盾に足下をさらわれかねないとも危惧するのです。


また、欧米の多くの環境保護団体がまったく絶滅のおそれのないクジラやイルカを食べる文化を否定するエゴに対して、
「だったら貴重種でも食べられるくらい増やす方法を考えた方が建設的では?」
というアンチテーゼも込めたつもりです。


ジュゴンを減らしたのも、人間なんですよね。
それはもちろん、米軍基地が作られたら壊滅的にはなりますが、それ以前にすでに他の要因によって激減させちゃっているわけなのです。

そこに目をつぶっていてはいけないと思うのです。

また、ジュゴン以上に、その地域に住む人間こそが大切です。
たとえ「人間のエゴ」と言われようとも。


繰り返しますが、辺野古に米軍基地を作ることには100%反対です。

しかし、それが「ジュゴンのため」だということには(たとえ「シンボル」としても)違和感を禁じ得ないのです。


いかがでしょうか?
Posted by よーかい at 2010年10月07日 02:42
以下の内容を見ました。
少しだけ、コメントをします

この“違和感”がなんだろう?と考えたとき、いくつかの論理矛盾が浮かび上がりました。

例えば。

1.ジュゴンを守ること=辺野古近辺の住民の生活を守ることにつながるのか?

辺野古大浦湾一帯は、復帰後巨大な開発で残された自然豊かな地域です。たとえば、日本にいるクマノミは6種類いますが、辺野古周辺にはそのすべてがいます。また、ジュゴンが食べる海草のウミヒルモは11種類ありますが、そのすべての種類が確認されています。さらに、この地域には歩くサンゴとも言われるキクメイシモドキが確認されています。その他、日本でも最大級といわれるアオサンゴ群落があります。など、など。この海域は奇跡の海とも言われるほど、多様な生物が確認されています。そのことを助けているのは、山があることです。温暖化といわれる海温上昇にもかかわらず、サンゴの白化現象が少ないのは、山からの水です。
つまり、この海域は地球規模の重要なところです。その地域を残していくことは、将来の観光産業、第二次産業育成(今年の生物多様性世界会議でもっとも重要なテーマは、多様な自然から抽出する薬開発などの調整です)につながります。中米のコスタリカの産業がその見本です。
このような方向転換を図ることが、辺野古の次世代を含めての発展になると思います。
目の前を追いかけたのが、1960年代の辺野古です。その失敗のつけをだれが負担しているのでしょうか。考える必要があります。


いくらジュゴンを守れても、住民の生活が破綻してしまっては意味がないと考えます。
「人間のエゴ」と言われようと、ジュゴンの命より人命の方が大切です。

もっとも、じゃあ米軍基地を作ることが辺野古住民を救うのか?と問われれば、そうともいえないのではないかとも思うのですが。


2.米軍基地ができなければ、ジュゴンは絶滅しないのか?

おそらく、このままでは、辺野古に基地をつくらなくても沖縄からジュゴンが消えるのは時間の問題だと考えます。

生物学的にはかなり可能性はあると思います。
しかし、これまでいき続けてきた彼らは、彼らの生きる権利を行使してもいいはずです。
保護については、餌場の環境の保護(それは、沖縄だけでなく周辺海域すべてを含む環境に関わります。)を含め、大きな視座が必要になるでしょう。


3.ジュゴンが棲息できれば、米軍基地は作られてもいいのか?

例えば、辺野古は絶滅寸前のジュゴンがいるから基地は作るな!という論理だと、じゃあジュゴンの生態に影響のないところならいいのか?という話になります。
この点については、一切の抑止力とは関係のない、先制攻撃のみを意図した海兵隊が必要なのか、そもそも核を含む強大すぎる軍事力を有した米軍基地が日本やアジアに本当に必要なのか?といった根本から考える必要があるでしょう。
Posted by くまさん at 2011年02月02日 00:19
>くまさん


こんばんは。
コメントどうもありがとうございます。


>辺野古大浦湾一帯は、復帰後巨大な開発で残された自然豊かな地域です。
>この海域は奇跡の海とも言われるほど、多様な生物が確認されています。>つまり、この海域は地球規模の重要なところです。
>その地域を残していくことは、将来の観光産業、第二次産業育成につながります。
>このような方向転換を図ることが、辺野古の次世代を含めての発展になると思います。


基本的に同意見です。
記事をぱっと見ると、そうは思われないかもしれませんが…σ(^_^;)アセアセ...

この記事は、ちょっと逆説的なレトリックだと考えて頂けるとありがたいです。

ジュゴンの棲む海、その生物多様性を残すことはとてもとても大事なことだと考えます。
ただ、闘争のシンボルとして「ジュゴン」が前面にですぎてしまったことによって、逆に大浦湾の生物多様性について多くの人に伝わっていないように感じます。

また、ジュゴンに興味のない人にとっては、「じゃあ、ジュゴンが住めれば基地があってもいいじゃないか」という暴論に繋がります。
昨年、「環境への負荷が少ない」という理由で、くい打ち方式で辺野古に基地を建設しようとした日本政府のように。

実際、くい打ち方式でも環境破壊は免れず、欺瞞に満ちた内容でしたが、この大浦湾の生物多様性をじかに触れて知っている人でないと、簡単にその欺瞞を信じてしまいます。
とくに、普段ほとんど辺野古に関心を持っていない内地の人はなおさらです。


それゆえ、「ジュゴンを食べよう」という、一種センセーショナルなキャッチフレーズの方が効果があるように考えたのです。

なにせ、食べるためには必然的にジュゴンの頭数を増やさねばなりません。
そのためには、生物多様性をより慎重に厳密に守っていく必要もでてきます。

「食べる」という行為は、「保護する」という行為よりもプリミティブで、より確実に想像力を刺激します。

内地の人は辺野古や普天間の基地問題に対し、おそろしいほど無関心ですが、まずは内地の人もまきこんで、想像力を働かせる仕組みをいかにして構築するかが、とてもとても大切なことであると考えるのです。
Posted by よーかいよーかい at 2011年02月03日 01:33
 
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