2008年07月05日
ブログ第819日目、雑感。
スローボートはコトコトと川面を進んでいきます。
木製のボートに屋根がついていて、エンジンは一つ。
屋形船とホームレスのバラック小屋を足して2で割り忘れたような雰囲気を持っています。
初めの1時間くらいは川べりの風景を見ているだけでも楽しいのです。
しかし、やがて気付くのです。
……すっげーヒマ。。( ̄ω ̄;)
なにせ、風景が変わりません。
森しかないのです。
川もだんだんゆるやかに川幅が広くなるくらいで、あんまり変化がありません。
ある程度は揺れるので、長時間本を読むこともできません。

やがて、重大なことに気付きます。
川べりには途中、水も食料も仕入れることのできる場所がないっっ!ってことに∑( ̄□ ̄;)ハウッ
「途中どこかで補給できるだろう」
なんて甘い考えでいた乗客は、脱水症状に苦しむことになります。
なにせ、外は30度を軽く超えるのです。
よーかいは、乗船前に1リットルの水を購入していましたので、ちびちび飲みましたが、水がいつ尽きてしまうか気が気じゃありませんでした。
さらに、だんだんお腹が空いてきます。
よーかいは買っていたフランスパンのサンドイッチは午前中に食べてしまい、あとはリュックに非常食として入れていたカロリーメイトでしのぎました。
だけど、同じ船に乗っていた欧米人バックパッカーたちはかなり飢えていたようです。
よーかいの食べていたカロリーメイトを見て、
「まだ余っていないか?」
と何人にも訊かれました…(; ̄∀ ̄A
だけど、そのときはもう食べ終わるところだったんで、ごめんね☆
まあ、だけどこのくらいのハプニングはアジアでは当たり前なのです。
しかし、そのとき最大のハプニングは、船が1日で着かなかったことです。
いまのように情報のある時代ではありませんでしたし、船頭は英語が通じなかったので、乗客の誰もが当日のうちにタイ国境のフェイサイの街まで着くものだと信じ込んでいたのです。
しかし、スローボートは行けども行けども目的地に着く気配はなく、やがて夕方に。
船頭はボートを岸辺に向けました。
そして停泊すると一言言いました。
「フィニッシュ!」
……はい?( ̄ω ̄;)
全員わけのわからないまま降ろされて、断片的な情報からわかったことは、どうやらその晩はその集落で泊まらなくてはならないということでした。
「宿屋」というにはあまりにもフツーの民家にホームステイした感じの高床式のラオス家屋に泊まることになりました。
この事態に、欧米人バックパッカーはパニックに!
さきほどの、予備の食料を持たずにボートに乗ってひもじい思いをしていたということからも、かなり無鉄砲な性格が窺われますが、今度はなんと“お金がない!”とのこと(ノ゚⊿゚;;;)ノ
聞けば、もうラオスの旅も終わりだと思って、ルアンパバーンで残りのラオスキープ(ラオスの通貨)をボート代だけ残してすべて使い切ってしまったとのこと。。( ̄ω ̄;)
アホだ……。
「ドルで払わせろっっ!!さもなくばタダで泊まらせろっっ!!!」
などとギャーギャー騒いでいました。
もう、そんな非常識な欧米人なんてその辺のジャングルで寝てもらえばいいのに……と思いましたが、しばらくのやりとりのあと、彼らも宿屋に泊めてあげることになったようです。
ラオス人はやっぱりやさしいです。
その小さな集落では、電気も通っていませんでした。
夜はランプです。
晩ご飯はチキンラーメンみたいなインスタントラーメンにレタスが入ったものでした。
それでも、空腹には十分なごちそうでした。
翌日は早朝に出発して、フェイサイには結局お昼頃到着しました。
渡し船で対岸のタイ国境チェーンコンへ。
チェーンコンのイミグレでは、パスポートだけ確認して、簡単に入国できました。
荷物チェックは一切なし。
え”、いいの…?
もし何かヤバイもの持ち込んでいたらどうするの…??( ̄ω ̄;)
もちろんヤバイものは入っていませんが、そう心配になるような入国の簡素さです。
だけど、そこで目にしたものを見て納得。

そこには
「ゴールデントライアングル」
の文字が!
世界的に悪名高いこの名前を堂々と出してしまっていいのでしょうか…?'`,、'`,、('∀`;) '`,、'`,、
まあ、こんなだから、どんなに厳罰化しても、タイに麻薬がどんどん入ってくるんでしょうねぇ…(゚-゚;)ウーン
木製のボートに屋根がついていて、エンジンは一つ。
屋形船とホームレスのバラック小屋を足して2で割り忘れたような雰囲気を持っています。
初めの1時間くらいは川べりの風景を見ているだけでも楽しいのです。
しかし、やがて気付くのです。
……すっげーヒマ。。( ̄ω ̄;)
なにせ、風景が変わりません。
森しかないのです。
川もだんだんゆるやかに川幅が広くなるくらいで、あんまり変化がありません。
ある程度は揺れるので、長時間本を読むこともできません。

やがて、重大なことに気付きます。
川べりには途中、水も食料も仕入れることのできる場所がないっっ!ってことに∑( ̄□ ̄;)ハウッ
「途中どこかで補給できるだろう」
なんて甘い考えでいた乗客は、脱水症状に苦しむことになります。
なにせ、外は30度を軽く超えるのです。
よーかいは、乗船前に1リットルの水を購入していましたので、ちびちび飲みましたが、水がいつ尽きてしまうか気が気じゃありませんでした。
さらに、だんだんお腹が空いてきます。
よーかいは買っていたフランスパンのサンドイッチは午前中に食べてしまい、あとはリュックに非常食として入れていたカロリーメイトでしのぎました。
だけど、同じ船に乗っていた欧米人バックパッカーたちはかなり飢えていたようです。
よーかいの食べていたカロリーメイトを見て、
「まだ余っていないか?」
と何人にも訊かれました…(; ̄∀ ̄A
だけど、そのときはもう食べ終わるところだったんで、ごめんね☆
まあ、だけどこのくらいのハプニングはアジアでは当たり前なのです。
しかし、そのとき最大のハプニングは、船が1日で着かなかったことです。
いまのように情報のある時代ではありませんでしたし、船頭は英語が通じなかったので、乗客の誰もが当日のうちにタイ国境のフェイサイの街まで着くものだと信じ込んでいたのです。
しかし、スローボートは行けども行けども目的地に着く気配はなく、やがて夕方に。
船頭はボートを岸辺に向けました。
そして停泊すると一言言いました。
「フィニッシュ!」
……はい?( ̄ω ̄;)
全員わけのわからないまま降ろされて、断片的な情報からわかったことは、どうやらその晩はその集落で泊まらなくてはならないということでした。
「宿屋」というにはあまりにもフツーの民家にホームステイした感じの高床式のラオス家屋に泊まることになりました。
この事態に、欧米人バックパッカーはパニックに!
さきほどの、予備の食料を持たずにボートに乗ってひもじい思いをしていたということからも、かなり無鉄砲な性格が窺われますが、今度はなんと“お金がない!”とのこと(ノ゚⊿゚;;;)ノ
聞けば、もうラオスの旅も終わりだと思って、ルアンパバーンで残りのラオスキープ(ラオスの通貨)をボート代だけ残してすべて使い切ってしまったとのこと。。( ̄ω ̄;)
アホだ……。
「ドルで払わせろっっ!!さもなくばタダで泊まらせろっっ!!!」
などとギャーギャー騒いでいました。
もう、そんな非常識な欧米人なんてその辺のジャングルで寝てもらえばいいのに……と思いましたが、しばらくのやりとりのあと、彼らも宿屋に泊めてあげることになったようです。
ラオス人はやっぱりやさしいです。
その小さな集落では、電気も通っていませんでした。
夜はランプです。
晩ご飯はチキンラーメンみたいなインスタントラーメンにレタスが入ったものでした。
それでも、空腹には十分なごちそうでした。
翌日は早朝に出発して、フェイサイには結局お昼頃到着しました。
渡し船で対岸のタイ国境チェーンコンへ。
チェーンコンのイミグレでは、パスポートだけ確認して、簡単に入国できました。
荷物チェックは一切なし。
え”、いいの…?
もし何かヤバイもの持ち込んでいたらどうするの…??( ̄ω ̄;)
もちろんヤバイものは入っていませんが、そう心配になるような入国の簡素さです。
だけど、そこで目にしたものを見て納得。

そこには
「ゴールデントライアングル」
の文字が!
世界的に悪名高いこの名前を堂々と出してしまっていいのでしょうか…?'`,、'`,、('∀`;) '`,、'`,、
まあ、こんなだから、どんなに厳罰化しても、タイに麻薬がどんどん入ってくるんでしょうねぇ…(゚-゚;)ウーン
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